2023年9月24日撮影。 以下、現地の説明を引用。
『雪舟等楊禅師は約五百年前の人であり、総社市赤浜に生まれ、十二歳の時当山に入門し小僧となりました。天性画を好み経巻を事とせず、ついに師僧の怒りに触れて方丈の柱に縛られ、落つる涙を足の親指につけて板敷きに鼠の絵を描いたということは有名な伝説です。
この碑は昭和三年の建立であり、材は仙台石、高さ四.五メートル、幅一.四メートル、厚み三十六センチ。碑面を三段に分かち、冗談の円相内は雪舟の自画像、中段は雪舟筆宋の育王山の全景、下段は藤井高尚の撰文、頼山陽の筆になる碑文であり、画聖の雪舟、国文学の泰斗たる高尚、漢文学の時眉たる山陽という三大文化人によって成る碑であるため「三絶の碑」と呼ばれています。』